2012年11月14日水曜日

「コンヴィヴィアリティ」の追及

 イヴァン・イリイチという人はヴァチカンの聖職者出身で底辺での社会運動に携わり、中南米で「解放の神学」にも関わって結局ヴァチカンとはケンカ別れして、思想家として生涯を終えたんだけど、なんか権力におもねらない姿勢が渋くて、ワタクシ的には「めっさエエ人」というイメージなのですね。(いやまあ、会ったことはないのでホンマかどうかはわかりませんが。)
  当店も3年目に突入したので「3年目のうなぎくらい大目に見てよ」的なことばかり言っててもあかんだろうなあと思って自店のアイデンティティというかプロパティというか、まあ、「うっとこ、こんなんですワ」的なもんを改めて整理しようと考えてみてるわけですが、ふと、昔かじった、とゆーか、表面をなめた程度ですけどくだんのイリイチが『シャドウ・ワーク』でしたっけ、あの中でゆってる「コンヴィヴィアリティ」という単語を思いだしたのであります。
 思想家・哲学者というのは既存の単語に独自の意味を込めて新たな概念を展開するのんが商売のひとつでもあるわけで、イリイチはこれを「いきいきとした共生」という意味合いで使ってるのですけど、うっとこの「蕎岳」、読みは「きょうがく」ですけど、同音異義語というか、当て字として「共楽」てのもありえますし、お、なんか平仄があいそうだなあ、と。

 んで「コンヴィヴィアルなそば屋」というフレーズが浮かんできたのですね。
 なんかかっこええやん。耳慣れないわけのわからん横文字つかうと、そんだけでなんだかたいそうで深遠ぽくみえてかなりのハロー効果が期待できそうですよね。インテリとかこってりとか、そういうたぐいの人をコロっとだませそうかな?と。
 まじめな話、そば屋に集う人たちがお互い支配-被支配という関係ではなく平等で対等で、独立した人格として手打ち蕎麦を媒介にして共に生き生きと人生や社会を謳歌している、そんな場所、みたいなイメージを喚起してくれる感もありますし。
 うっしゃ!「コンヴィヴィアルなそば屋」。
 なんかよくわからんけどかっこええし、これで行こう!と思ったんだけど、一応、念のためイリイチ読み直そうかとは思いませんでしたが、そんでも一応念のため字引くらい引いとこうとネットで英和辞典見たら、convivialityって、突き詰めると「宴会」「酒盛り」 、派生して「陽気さ」「上機嫌」。

 つまり「コンヴィヴィアルなそば屋」って?
 単に「酒飲みが集まってわいわい騒がしいそば屋」ってだけのことやんけ!

 ま、いっか。それはそれで楽しそうだし。

 当店は「コンヴィヴィアルなそば屋」を目指しているのれす!
 手打蕎麦こそがコンヴィヴィアリティのためのツールなのれす!

 そゆわけで「コンヴィヴィアリティ」の「追及」作業が終わりまして、今後は実践的に「追求」をしていきたいと思っておるわけであります。
 歌もつくってみました。
 ♪ あなたと コンヴィヴィ そば切り きょ~がく


イリイチのおっちゃん、天国で怒ってはるかしら?

んじゃまた
亭主敬白